004★伊達政宗の仙台城/復元城郭模型

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通称 青葉城、五城楼
城郭構造 連郭式平山城
天守構造 なし
築城主 伊達政宗
築城年 1601年
主な改修者 伊達忠宗
主な城主 伊達氏
廃城年 1871年
遺構 石垣、土塁、堀
指定文化財 国の史跡
再建造物 脇櫓
位置 北緯38度15分8.92秒
東経140度51分22.16秒

慶長年間に伊達政宗が築造してから、廃藩置県・廃城令までの約270年に渡り伊達氏代々の居城であり、仙台藩の政庁であった。国の史跡に指定されている。

伊達政宗が築城した仙台城は約2万坪で、徳川家康の江戸城に次ぐ大きさを誇り、全国最大級の城であった。

幾度となく、地震などによる損害を受けながらも修復を繰り返し、奥羽越列藩同盟盟主として戊辰戦争を経るも、一度も戦火を見ることなく要塞としての機能を終えて、その後は明治初期から大正にかけてその大半が失われた。数少ない遺構であった大手門、脇櫓、巽門は国宝(旧国宝)に指定されていたが、太平洋戦争時の仙台空襲により焼失した。現在では、宮城県知事公舎正門の建築に転用された寅の門の部材が残るのみである。

青葉山に位置することから、「青葉城」という雅称を持ち、一般的にもその名で呼ばれる事が多い。
(フリー百科事典より転記)

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